「震災に意味付けするのヤメて」震災前にも私達には絆があった!!

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あの恐怖の出来事、「東日本大地震」から6年がすぎた今でも苦しみ続けている人が多くいます。

18歳になる青年が、とても胸に突き刺さる投書をし話題になっています。

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青年の訴え

とある新聞の投書欄に『震災に意味付けするのやめて!』というタイトルで掲載され、SNSを始めこのタイトルの内容に注目が集まっています。

青年は、宮城県多賀城市に在住の高校生で、「東日本大地震」が起きた時は、12歳でした。

起きた当初からメディアなどで報じられたり、周りからの「震災に意味付けする」事について、とても違和感を抱えていたそうです。

そして18歳となった今、その気持ちを新聞の投書欄に投稿させてもらったそうです。

その高校生の思いが、SNSでを通して共感の声が多数あります。

 

『震災に意味付けやめて』

※こちらが、新聞の投書です。

新聞にはこう記載されています。

震災に意味付け やめて

(18歳 多賀城市・高校生)

2011年3月11日に東日本大震災が起きてから、もうすぐ6年がたつ。

あの時12歳だった私は、18歳になった。

この時季になると、よくあの日を思い出す。

地震、津波、原発事故

思い出すと辛くて涙が出てしまう時がある。

涙の回数は減ったが、今でも津波の映像を見ることはできない。

発生後、震災に意味付けをする人がたくさんいた。
「絆ができた」とか「家族を大事にするようになった」とか、建前で言う人がいっぱいいた。

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だが、そんなものは震災前にだってあった。

震災が起きたことに意味なんてない。

起きない方が良かったに決まっている。

だから私は震災を都合よく語ったりしない。

あの日起こったことを、自分の記憶に刻む。

ただ、それだけ。

震災があったからといって絆が高まった訳ではありません。

それは、私たちによる「固定概念でしかない」ことを分かってあげるべきだとそう思います。

その固定概念が、良くも悪くも人の心をさらに傷つけることになるのです。

 

ネットの声

  • 「現実は一つ。意味づけは無数。ならば、明るくなる意味づけがいい。無意味なんて意味はやりきれない。ならば、亡くなった方の死は、無意味な死なのか?花を手向ける意味でも、意味をもたせたい。」

 

  • 「その通りなんだよ。不幸な事に意味なんてない事が多いんだよ。でも不幸な事に対する苦しみは消えない。だから、どうしても意味付けしたいんだ。何かしらの意味があったと、理由があったって事にしたいんだ。でないと苦しみにたえられないから。」

 

  • 「すごいですねこの高校生。震災後出てきた言論空間の欺瞞を指摘して余りある。」

 

  • 「震災は利権。震災はメシのタネ。『忘れない』のインフレは止まらないが、ほんとうのところは『忘れさせない』なのかもしれない」

 

  • 「『この子の言う通り』『震災に意味付けをしないとやってられない』どちらもあり得ると思う。もし後者が当事者ではなく他人の言葉だったら話は別だけど…」

などの様々な意見がありました。

私たちは、当事者に対して被災前のように接してあげればいいと思います。

その感情が当事者にとっても嬉しいのです。

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