「『自立』それは自分の力で物事をして行くこと」→全くの嘘だった…

\ニュートレに『いいね』お願いします/

子供からだんだんと成長し、いずれは自分の力で生きていけるように

自立をするのが一般的ですよね。

これに対して違うんではないかと物議になりました。

スポンサーリンク

自立とは私たちが知っているのとは、全然違った…

皆さんは

「自立」=「一人前になる」「1人で生活できるようになる」

ということだと思っていませんか?

実は、それって大きな間違いなんだそうですよ。

だって、これだけ多くの人と関わり合い、支えられながら生活している現代で

「1人で生活」

なんて絶対に無理ですもんね。

では、「自立」とは一体何なんでしょうか?

この物議は、  ‏@ganbare_zinruiさんが投稿した分りやすい説明で起きました。

これを読んだら、きっと「自立」に対する認識が大きく変わります!!

一言で言うと、自立とは次のような状態を指すのだそうです。

「自立とは、意識できないほどの依存先を持つこと」

ん?・・・全然わかりませんよね?

では、 ‏@ganbare_zinruiさんの投稿と、「自立」についての詳しい説明をご覧ください。

 

自立”とは!?

 ‏@ganbare_zinruiさんの投稿。

“自立”とはどういうことでしょうか?

一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、さまざまなものに依存しないと生きていけないんですよ。

東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。

なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。

そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。

エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。

5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。

これが障害の本質だと思うんです。つまり、“障がい者”というのは、

「依存先が限られてしまっている人たち」

のこと。

健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。

けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障がい者は限られたものにしか依存できていない。

依存先を増やして、一つ一つへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。

“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。

スポンサーリンク

世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。

実は膨大なものに依存しているのに、

「私は何にも依存していない」

と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。

だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。

障害者の多くは親か施設しか頼るものがなく、依存先が集中している状態です。

だから、障害者の自立生活運動は

「依存先を親や施設以外に広げる運動」

だと言い換えることができると思います。

引用:東京都人権啓発センター

なるほど、「自立」とは・・・

「依存先がたくさんあって、自分が「依存していること」を認識できない状態」

・・・のことを言うのですね。これは納得です。

つまり、「自立」というのは、決してポジティブな言葉ではないわけです。

だって、依存先を一つ、また一つと失っていったら平常心を保てなくなりますもんね。

そして、障害者の人たちの「自立を支援する」ということは・・・

「親や施設以外にも依存先を増やしてあげること」

・・・だということですが、これも納得です。

「自立」の意味と、「自立」を必要としている人々・・・

私たちの思考を少し変えるべきかもしれませんね…

スポンサーリンク