離婚後、母のために体を売ってまで家計を支えた私。母が急死→信じられない事実が発覚した

離婚後、母のために体を売ってまで家計を支えた私。

それから間もなく、母が心筋梗塞で急死した。

すると、母の遺品からたくさんの通帳が出てきて…

母のために家計を支え続けた私

私の両親は小学校低学年の時に離婚しましてた。

弟はまだ幼かったし、よく理解してなかったかもしれません。

その後父と会ったのは1度だけ(2年半後)で、その時には

母から

「父さんは、愛人と暮らすために私たちを捨てたのよ。」

と教えられてたので、

父から、

「こちらで暮らさないか。」

と言われても、泣きながらそばにいる母にしがみつき、

「お父さん嫌い。二度と会いたくない。」

と断りました。

母は私たちを学校に送り出してから仕事に出かけ、夜は水商売と、1日中掛け持ちで働いてました。

貧乏でほしいものも買ってもらえないし、

冬場は暖房のない部屋で(危ないって理由らしいけど)弟とお腹を空かせて母の帰りを待ってました。

寒さで震えながらも、私たちのために働いてくれてる母のことを思い我慢できました。

自分でも家事をおぼえ、小6くらいからは家事を私がこなしてました。

 

母から突然の宣告

高校に進学してからしばらくして

不景気で給料が下がって、家賃は上がってしまったので、生活ができないの。

養育費もないし、母さん今まで無理しすぎたから肝臓が悪いってお医者さんから言われてるんだよ。

このままじゃ、弟も高校に進学できないよ。

せめて男なら高校ぐらい出てないとダメでしょ。

○○には苦労かけっぱなしだけど、高校やめて働いてほしいの。」

泣きながら母に言われました。

ホントは高校を辞めたくなかった。

大会目指して頑張ってきた部活だって、友達だって…未練はあったけど、

私は、その言葉に従いました。母を支えなきゃという使命感で。

18歳までは1万円を残し、すべて母に渡ました。

それ以降は母の紹介の水商売関係のお仕事をし、毎月20万円を渡していましたが、一向に家計は楽になりません。

一体なぜ、家計が楽にならないのか?

そう疑問に思ったけれど、

母から、

「毎月、30万円くらいないと家計が回っていかないのよ。」

そう言うだけでした。

実際に、我慢の限界だったんです。

私だって18歳の女の子、おしゃれしたい、洋服だってほしい。1万円だけじゃ足りない。

弟だって、何も言わないけど、小遣いもないのに我慢してる。

それを見ているのがつらくなって、私は家族に黙って体を売る仕事を始めました。